廻想録:III “moon”

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「音楽で世界を救う……とか?」

「いつかは私も誰かにとっての何かに、……そんな風になりたい」

だれかの心臓になれたなら
廻想録:III “moon”

物数ならぬ日常の些細な閑談の中の、彼女の言葉を思い出す。

彼女は時折、私が思いもしないような話をする。それは思索的で、どこか哲学めいたもの。

いつも、彼女は私とは違う世界を見ているような、ずっと遠くの何かを観ている気がした。

どこかにいる誰かのことを思っているような、物憂げな表情で遠くを見つめる。

そんな、彼女の読めない横顔を見る度に、なぜか胸が締め付けられる感覚がした。

創作というのは、この世で最も美しいものだと思う——

と、いつか彼女は言った。

今なら、その言葉の意味が少しはわかる気がする。

彼女の意思に寄り添うように、そして彼女を少しでも理解したくて、音楽を続けてきた。

そこに何かを救いがあるのだと思い込んでいた。

彼女は、自身の作品を真昼の月だと称した。

慥にそこにあるのに、何も照らすことができないのだと。

そんなことはないんだよ、ユマ。

私はあなたが灯した月明かりを頼りに生きてきた。

真昼の月明かり≫

これは、あなたという月を詠んだ歌。

初めて彼女のことを書いたのは、この曲だった。

そして、私が少しばかり世間に知られるきっかけになったのも、この曲だった。

勤めていた会社を辞め、都会に出て、本格的にシンガーソングライターとして生きていくことを決意したのも、この曲で少なくないお金を得たからだ。

けれど、

彼女のことを書いた作品に値がつくことに、

彼女を使ってお金儲けをしていることに、

行き場の無い複雑な感情を抱いていた。

訪れた彼女の部屋は、彼女が  生活をしていた当時のままにされていた。

まるで、ここだけ時間が止まっているようだった。

そこで見つけた彼女の日記。

そして、彼女が潰した最後の作品。

歌詞もメロディも途中までしか無い、未完成の曲。

その歌に私は彼女を綴る。

その曲の名は、

劇中曲

『白夜』
『だれかの心臓になれたなら』
真昼の月明かり』
『新世界から』
『月が満ちる』

だれかの心臓になれたなら 追懐録 - ユリイ・カノン楽曲 カットアップノベル