トーデス・トリープ

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昔々、神様が人間の形をしていた頃のお話。

神様はとても大きな力を持っていました。
神様はとても優れた知恵を持っていました。

人間たちは神様を崇め、畏れ、震えていました。

ある日、優しい人間がお願いをしました。
永遠の命が欲しいと。神様はその願いを叶えてあげました。

ある日、慈悲深い人間がお願いをしました。
悪しきものに裁きをと。神様はその願いを叶えてあげました。

ある日、神様が最も愛する人間がお願いをしました。
自分も神様になりたいと。神様はその願いを叶えてあげました。

その日から、神様にお願いをする人はいなくなりました。

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今日死んだっていいって
いつだってそう思ってた

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―正しい人の生き方を―

人間は幸福を求める。それは自分が幸せじゃないから。彼もそうだった。自分の幸せのために命を削った。

彼は不幸だった。誰よりも勉強して取った、クラスで一番のテストの点数を褒めてくれる家族がいた。

彼は不幸だった。暖かい食卓を囲む家族がいた。おやすみを言ってくれる家族がいた。家族がいた。

彼は不幸だった。
その幸福に気づけなかったのです。

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きみに触れて 心が芽生えて
生きていたいと願ってしまったんだ

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―雨に濡れた路地裏の隅で―

焦げ茶色に煤けたパイプ達。無造作に張られた電線。息を漏らし続けるダクト。その人工的な樹海は街の喧騒から開放された、仄暗い路地裏。
煙草の吸い殻や、破けたゴミ袋から溢れた生ゴミをまたぎ、路地裏の奥へ進んで行った少年は慣れた足取りで目的の場所へ着くとそっとしゃがみ込む。
「今日はこれだけしか無いんだ」
少年は小さな声でそう言いながらカバンから取り出した数切れのハムを木箱の中へ置く。木箱の住民がそれの匂いを嗅ぐと、むしゃむしゃと食らいついた。
猫。一歳程の黒猫。
少年は初めてその猫と会った日から何度もここへ来ては餌を与えていた。しかし七歳の少年に猫一匹を養えるほどの金銭的な余裕は当然無い。少年の学校の給食や自分の家の夕食で出されたものをこっそりと持ち出してはこうして猫に食べさせていた。

そんな生活が一ヶ月近く続いた。
少年の家の者は、少年が食べ物をどこかへもっていっていることに気付いていたが、何も言わなかった。

その日も、少年は夕飯を食べ終えるとすぐに席を立った。
「ちょっと出かけてくる」
「お気をつけて。あまり遅くなりませんように――」
使用人の言葉を聞き終わる前に少年は家を出る。

その日は雨が降っていた。

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甲斐無い心臓を差し出し
君を救い出せるすべを手に入れても

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―醜いくらいに美しい愛で―

あの子は私を憎んでいるだろうか。

私は生きた人間でいうところの二十歳前後の精神を持っているらしい。実際、目覚めた瞬間から私は知識とともに、常識や観念なども植え付けられていた。
それ以前に私は存在しなかったはずなのに、所謂大人と変わらないほどの経験や知識を本能として持って生まれてきたのだ。
そしてこうして感情さえも持っている。
人工物なのに、私は痛みを知っている。傷を見れば、その苦痛を想像する。でも自分は"痛み"という物を感じることはできない。
人間のように他者の境遇や気持ちに思いを馳せ、喜ぶことも悲しむこともできる。しかし、涙を流すことはできない。
そんな矛盾した自分の存在を時には気味悪く思うこともあった。

偽物のくせに。――あの子の言葉が頭の中でぐるぐると回り続けている。
私は偽物だ。悲しいふりをしていただけだった。
いつの間にかあの子のことを理解しているつもりになっていた。
あの子と手をつないで歩いたのはいつが最後だろうか、知らないうちにどこかで大人になっていく。嬉しい反面、寂しくもある。あの子と暮らし始めてもう八年。使用人として、付き人として、家族として私はあの子と生きてきた。

呪われたあの子の人生に、せめて私だけは。

思いがけず突然に終わりは訪れる。いや――そんな予感はどこかでずっと鼓動を続けていた。

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こんな醜い姿を
誰が愛してくれる?

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―人生という檻の中で―

「それで君はそんな体に?」
「ええ」「......お気の毒に。先祖の過ちが今こうして君を苦しめている。」
「............」
「君がここへきた頃から、私は何度も君に会っていたのに、どうして気付けなかったのでしょうね」
「......?」
長髪の男は何かを考えるような顔をしながら少し視線を落とす。そのまま思いに耽るように黙る男に、少年が呟くような声で言う。
「僕はもう普通に生きて、普通に死ぬことはできないのでしょうか?」
「.......わかりません」
そう答えると、少年は驚きや落胆する表情さえも見せなかった。変わらない目線。しばらくの沈黙。男は窓のほうへと歩いていく。
「いつからか、君は皇宮に来る時いつもそのマスクを外していませんが、何か理由でも?」
「......数年前に元老院の一人に、君はご両親のどちらにも似ていないねと言われました。きっと悪気はなかったのでしょう。しかしそれから自分の容姿についてとても気になり始めました。父上に似ていないのは自分でも感じていました。僕が物心つく前に母はなくなりましたし、写真等も見たことがありません。ですから似ていないと言われた日から、僕は自分があの両親から生まれた子ではないのかもしれないという疑念が生まれ、僕と陛下の関係を知る人間にはできるだけ顔を見られないようにしてきました。僕も杞憂だと思いたかった。でも――」
「でも本当に血の繋がりは無かった......か」
少年は俯き、少し乱れた呼吸を整えるように、静かに息を吸う。しばらく沈黙が続いた。
「話を聞いてもらって、少し楽になりました。......ありがとうございます」
「いえ、力になれず申し訳ございません」
いつの間にか日が暮れようとしていた。
言葉を探すように、選ぶように黙る。
少年は何かを言いたそうな、何かを言ってほしそうな表情だった。
「......しましょう」
「え?」と少年は思わず声を漏らす。
あまりのことに聞き間違いだと思った。きょとんとする少年に背を向け、男は優しく言った。
「復習しましょう。私も、君と同じなのです」

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―だれかの心臓になれたなら―

 

心臓が鼓動し、管を通り血液が全身を廻り、肉体は存える。保たれる。続いている。

どうやって心は在り続ける?

幸福と不幸を取り込み融けていく。形を変える。悲喜を噛み締め、吐き出し、また腹を空かせる。

どうやって心は在り続ける?

肉体と同じだ。原動力となる心臓が血液を運び、存える。保たれる。続いている。

その"心臓"とは?

形は無い。目には見えない。その命を必要とするもの。

君の心が壊れたり、失われていないのは、きっとどこかでその心臓がまだ動いているからだ。

君も誰かの心臓になれる。

どうか強く生きて。